うねり



後付けでつけた写真展のタイトル『うねりも波もなく』だったけど、「うねり」という言葉を今でも考え続けている。



そんな中、たまたま見つけた記事 

感情の波を重ね『うねり』を届けていく|軟水からっち/写真家|note

https://note.com/karatchi/n/n6e288f9f3b25


心に例えると、日々の感情が移ろいでいく中でネガティブになる事もありながらも、なんやかんやポジティブになって、大きな力を蓄えながら少しづつ前に進んでいく様子。




と、書いてある。

あーこれだ。と思った。

「移ろい」「蓄え」「進んでいく」この3つの言葉が特にそう思わさせるのだけど。


写真展のタイトルをつけるにあたって、本当は、別の言葉があって、それは誰にも言わず、その言葉を大事に写真展に向けて準備してきたけど、いざタイトルを。となった時に「うねりも波もなく」と好きな本の一節を思い出し、恐る恐るギャラリーへ伝えたのだった。


このタイトルにして後悔した事もないし、むしろ良かったと思っている。

あまり時間をかけずに決めてしまった節があったので、その辺で気になっていた。


でも、この記事を読んで過ぎたことを考えてもどうにもならないけど、「うねりも波もなく」とつけたのは必然だったと思った。



もう少しで、写真展を終えてから半年が経つけど、色々と思い返す事はある。

そして、写真だけの展示だったけど、いつしかタイトル、言葉の意味を考えるようになった。近頃は言葉が気になっていた。


「うねり」という言葉をうまく自分のものにしてないような気がしていた。でも、この記事を読んで写真を撮っていた時は、まさにこんな感じだった。


知人がくれたメッセージに『撮影時に「うねり」を意識して』という文章があった。

私は、無意識だったけど、自分の中にある「うねり」を意識して撮影していたのだと思った。語源化すると「うねり」。私の感覚的、体感的には「ふっ」という瞬間。

その「うねり」は何かを蓄えてないと出てくることはなく、常にアンテナを張って蓄えて少しづつ進んできた。

でも、それを意識的にしてしまうと途端に崩れ出す。その無意識というバランスを取ることが、面白く感じる事もあったけど、どちらかといえば難しく感じた。


このバランスを維持しながら、また、あの頃の様に撮影できる自信は今はない。


ただ、今は、「うねり」とは別の何かがあって、その何かに触れた「ふっ」という感覚で撮っている。その何かは新たに生まれたような気もするし、もしかしたら、元々、私が持っていた何かを思い出したのかもしれない。それが何かは今は未だ分からなくても良いと思っている。



写真と言葉の関係性を僅かかもしれないけど、学んだ気がした。




これを踏まえて、この日常がある程度落ち着いたら、軸をしっかりさせ、また、新たな心持ちで写真と、言葉と向き合っていきたい。



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