小さなポッケには





右手にしゃもじ。

左手はポッケの中。

ひじきの煮物を作りながら、最近、寒くもないのにポッケに手を入れがちな事に気づく。


歩きながらや階段を降りる時にもある。転んだ時にカバーできないからポッケに手を入れるのはやめようと思った日が数日前にあった。


AM10:00

時間があったので早めに夕飯の準備をしていた。

料理中くらいポッケに手を入れててもいいか。と、しゃもじ片手に開き直る。



明るいうちに台所に立つのは好き。あと、明るいうちのお風呂。



PM5:00

午前中に作っておいた、ひじきの煮物。少し水気を飛ばそうと再び右手にしゃもじ。

そして、左手は無意識にポッケの中。

気がついた時に一瞬デジャブ?と思った。

この姿に変な逞しさを感じつつ何故にポッケに手を入れちゃうのか考えた。


なにか意味があるのか?

ポッケの中にいつも何か入れているわけでもないし、ましてやビスケットなど入ってるわけでもない。そんなどうでもいい事を考えながらポッケの中に入ってる手をさらに深く入れてみたら何かに触れた。


驚いた。


その何かは一円玉だった。昭和63年の。

特にこの一円玉に意味はない。自宅の駐車場に落ちていた一円玉。





「手」というのは、やすらぎや安心を意味する機能が優れてるのだと思う。


接触に注意を払わないといけない昨今だけど、触れるという事、触覚は人間の五感の一つなわけで、忘れていたけど当たり前のような大事な事を思い出した気がした。



そして、出来る事ならこの手で触れてみたいと思ってる事がある事に気がついた。



桜舞い散る季節に小さなポッケから幾つかの気づきを得る。


© 2023 by mika Noguchi

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